浦島太郎の玉手箱の中味

厚労省の発表によれば、
2017年の総人口に占める90才以上の高齢者の割合は、
200万人にを超えたとされている。
我が国は、世界で最も高齢化が進んでいる先進国だ。だけに、高齢化で抱える課題も、
どこよりも先に、体験し、その課題と向き合わざるを得ない。

高齢化で求められるのは、
できるだけ他者に依存しない、自立的な生活ができることが望まれる。

その意味では、何よりもまず、肉体的・知的な健康寿命をいかに伸ばすかだろう。

エイジングに意識を向けたとき、日本の童話が、ちょっとしたヒントなるように思える。
それは浦島太郎物語だ。

誰でも、子どものときに、一度は、母や幼児教育機関などで、読み聞かされたことがあるだろう。
物語は、昔話のいわゆる伝承であるので、地方各地での伝えられ方に、多少の違いはあるだろう。
ここでは、標準的な物語として、
浦島太郎の童謡の歌にあるような、内容としたい。

概ね、以下の通りだ。
浜辺で、子どもらにいじめ受けているカメを助けた浦島太郎は、その恩の報いとして、
カメに竜宮城に招待された。そこでは、美しい乙姫様との出会いや、日々、歌や踊り、豊かな食事などで、
振舞われた。来る日も、来る日も。
優雅に、楽しく暮らし過ごした。それは、浦島太郎にとって、ほんのひと時のつもりの日々だったが。
いざ、故郷を思い、地上に戻ってみると、すべては、一変していた。時は過ぎていたからだ。
母は、もちろん。知っている人も誰もいない世界に変わり果てていたという物語。

単なる童話だが、
浦島太郎の心中を察すれば、異世界にただ一人取り残されて、孤独と不安に苛まれたことだろう。
物語は、ここで終わらない。
乙姫様から受け取った玉手箱を開けて、中から出てきた煙によって、
一瞬にして老人となるという話で終わる。

この浦島太郎物語は、様々な教訓を含んでいる。解釈は、受け手によって、どの様にも成り立つのだろう。
ここでは、サクセスフルエイジングの視点にたって、解釈し、こんな見方もあってもいいだろうというあたりで、
ポジティブに示唆してみたい。

浦島太郎物語で、示唆しているのは、エイジングということにあるだろう。

エイジングと言えば、
「アンチエイジング」という概念の方が、流行りであり、一般的だが。
「サクセスフルエイジング」の考え方からすると、
老化は、「闘う」相手ではないという考え方からなっている。

一方の
「アンチ」とは、「闘う」「抗う」という意味を含む。対して、「サクセスフル」とは、「成功した」「好結果の」などと、老化を「成功加齢」「上手に(老化を)受け入れる」という意味で使われている。

なぜ?老化と闘っては、いけないのだろうか?
理由は、あっけないほど簡単だ。

「人は、誰しも、思った通りの自分になる」からだ。
それが理由だ。

例えば、
学校の先生になりたい人は、先生になる。歌手になりたければ、やはり歌手の道に進む。
医者になりたければ、医者になる。冒険家になりたければ、冒険家になる。
誰でも自分がなりたい自分になるか、または、その道に進む。

もちろん、なりたくても挫折はある。
簡単になれない場合もある。だとしても、
そのネガティブな結果は、すべて自分の想いの中に原因がある。

運、不運というよりも、心の深い部分で、自分の気づかない部分で、
なりたい自分になれるのだろうかという不安や
疑念を持っているとき、結果は、付いてこない。ややこしい言い方をすると、
なりたいという情熱は邪魔になる。なぜなら、むしろアンチを生む。
なりたい自分に慣れていないという思いが強くなり、その結果を受けるとるからだ。

文字通り、
「人は、誰しも、思った通りの自分になる」という原則があることを、
腑に散るレベルで理解していなければならない。

その原則を踏まえるとき、
老化に対して「アンチする」つまり、「闘う」「抗う」というのは、

老化ということに執着し、そこに思いのフォーカスをあてている。
そこには、心の深い部分で老いに対する不安が、むしろ根付く。
つまり
自分が思っている通りの自分になる原則が、働くのだ。

エイジングにとって望ましいのは、「アンチ」で「闘う」「抗う」のではなく、
加齢については、むしろ考えず、自分はいつも若いのだと心の底から思い感じているだけでいい。
ただし、おしゃれしたり、身ぎれいにしたりするのは、した方がずっといいのは当たり前だ。

ところで、
浦島太郎の話から得られる教訓に戻るが、この物語の教訓で良いところは、

竜宮城へ行って、日々を楽しく、飲んで、歌って、踊って、楽しい日々を過ごしたということにある。
そこがエイジングにとって重要な点だ。
つまり、浦島太郎は、
毎日が楽しいと感じていたのだ。そう思うことで、彼は、年を取ることなく、若いままでいられたのだ。

私たちのエイジングにとって、その「楽しい」という感覚は大切だ。

加えて言えば、日々の生活で、
あえて老け込むような選択をすべきでない。ましてや固より根拠のない人の評価によって左右されたり、
あるいは、無難を選ぶ必要はない。

このことは、サクセスフルエイジングの概念にとっても、重要な意味を含んでいる。

現実の各人の人生は、楽しいこともあれば、辛く悲しいこともある。
それでも、「楽しい人生だ。」「幸せな人生だ。」と思える意識づくりが大切なのだ。

このブログの締めくくりに、
浦島太郎の玉手箱とは、何かということに言及したい。

浦島太郎は、竜宮城で楽しく過ごしていたのにもかかわらず、
ふと、いつまでも、ここで楽しく過ごしてしていて良いものだろうかと考えた。
そろそろ故郷に戻ろうかと考えたのだ。
その考えた代償の象徴(原因)として、彼は、土産物と称するうつつを玉手箱(結果)として受け取った。

浦島太郎が、玉手箱(うつつ)を開けたとき、彼は、老いを受け取ることとなった。

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