とある”勝った”感 =「黒酢」を飲み続けた2か月間の結果

個人的な内容を書かていただきたい。
毎年6月ごろになると、不安な気持ちが甦り、内心ざわめく。
理由は、健康診断にある。

いまから数十年前(”いつ”というのは、個人情報という建前で
伏せさせていただく。)のことだ。
右足のくるぶしのすぐ下の辺りに、痛みが走った。その痛みの原因は、
少し前のバドミントンを興じた際に足をひねったこと重ねて、
いわゆる捻挫の延長のようなものと関連付けて受け止めていたが。
実は、違っていた。

その痛みは、
かつて一度として体験したことのないほどの激烈な痛みで、
当時は動揺した。
病院では、入院して、レントゲン検査の後、一週間ほどで、
慌ただしく手術が行われた。
腰骨の一部を、足のくるぶしの患部を削って移植するという。
比較的に簡単な移植手術が済んで2-3週間後ほどしたある日。
入院した病院では、院長室に呼ばれた。
院長先生から、足や胸のレントゲンを中空に掲げて
繁々と覗き込んだ後、
私に示し、足を切断しても、余命が半年ないし1年かもしれないので覚悟を
してほしいという内容を伝えられた。当然、「えっ!」と、返すのが精一杯で。
「まさか!」「なぜ、自分が…!」との不安の繰り返しと煩悶で、苦しんだ。

その後の院長回診などでは、まるで自慢話でもしたいのか。
私の番に回ってくると院長は、大部屋の複数の患者のいる前で、
何度か、同じ話を繰り返した。いまなら、こうした行為は、完全にアウトだ。
聞かされる当の私は、またその話かと、不安を煽られた。
普段、平気な顔をしていても、再発の可能性に怯えていた。
無神経な院長回診のおかげで、私は、完全にトラウマになった。
院長は、自分が何を言っているのか、まったく理解できていないようだった。
デリカシーがない院長だった。もちろん、
病院では、いろんな治療の可能性に言及し、方法を提案されたが、
当の私が元気なのだ。抗がん治療の点滴も月に1度行った。4回程度行ったと思う。
初回だけ、多少、吐き気を感じたが、以降、なんともなく。
担当医からも、タフだと言われた。そのくらい元気だった。

一方の私は、外見上は、明るく振舞っていたので、他の患者さんらは、
このちぐはぐさをどう受け止め、院長の言葉をどう思ったことだろう…と思った。

当方だけが、その言葉を聞くたびに、胸の中で、激しい不安に怯え苦しんでいた。
院長の話は、もちろん事実だったかもしれないが。
しかし院長の目の前にいるかなり元気な私の姿を見たら、
誰の目にも、私が深刻な病気の可能性に侵されているなどと考えることは、
どこかリアリティに乏しかっただろうと思う。

抗がん治療とデリカシーのない院長回診を受けて、半年後には、
足は、自前の足が、普通にちゃんとあって、無事に退院できた。
その後、数十年が過ぎた。いまなお元気だ。
私においては、
そこで体験した、何度も繰り返されるレントゲン検査を通じて、
病院嫌い、医者嫌いになっていた。
かつて数十回も、足や胸に転移の有無を確認するレントゲン撮影やその結果に、
どれほど怯えたことか。そして結果は、常に”シロ”だった。
むしろX線を浴びるその検査の方が、逆に身体に悪いように思えて怖かった。

その過去の体験のトラウマがあり、健康診断には、心穏やかになれない。
その時の想いが甦るのだ。思い出したくないのだ。

それでも、社会に出て、働いて居れば、健康診断は避けられない。
日本の健康診断の制度は、国民の健康を守るという御旗の前で、
そのガサツさを隠そうともしない。
したがって、被験者が、
健康診断にどんなトラウマを持ち、神経質になっているかについて。
そういう心情の者がいることまでは、まったく配慮しない。まるで無頓着だ。
それは、
かつて院長先生が、他の患者の前で、
いまなら個人情報と叩かれかねないような、ナイーブな内容について
余計なことを言うのと、
カタチこそ違うが、同じようにデリカシーがない。

健康診断について、慣れっ子にならざるを得ない当方であるが、
いまでは、肺の検査以外では、ほぼ不安になることはない。

前置きが長くなったが、こんな事情があって、やっと本題に入りたい。

当方が抱える問題の一つに、高血圧がある。

2014年の6月25日の健康診断の資料から、
高血圧症が指摘されるようになった。
その時の血圧、 149/89と指摘を受けた。たまたま知人の旦那さんが、
若くして、の卒中で倒れ、ほぼ半身不随になったと聞いた。

そのことをきっかけに、自覚症状がないからと、油断していてはいけないと思うようになった。
2015年6月24日には、さらに血圧が高く、161/93となった。
一年後の2016年6月22日、健康診断があり、そこでは、178/97となった。
血圧は、ここ数年で、どんどん上がる一方だ。
さすがに、やばいかもと思い。

診断結果を受け取った後、
知人のこともあるので、数日後、医者に行った。

そこで計測すると、
白衣高血圧症(白衣を見て血圧が上がるというもの)というのもあるらしいが、
なんと収縮期が200になった。拡張期が90代(正確に記録していない。)になった。
上のことばかりが気になって、下の血圧を覚えなかった。
病院からは、当初、アイミクスLDが処方され、飲み続けた結果、
その後、血圧を測ると。
収縮期が130代前半になった。医者の説明によれば、降圧剤は、下がらなければ、
一生飲み続ける必要があると、説明を受けた。

2017年6月22日に、また健康診断があり、そこでは、128/81となった。

何度か診断を受けて、血圧を測るが、最寄りの病院では、130を下回ることがなかった。
そればかりは、148を超えることも、あった。

そこで、医者から、経済的に高いアイミクスHDに切り替えられた。値段が、2倍ほど違うのだ。
これは、「マイッタな」と思った。

その後も、130代/80代にはなるが、上は、それを下回ることがない。

ネット上で、降圧剤について調べると、副作用などが危ぶまれる内容ばかりだった。

2018年3月下旬、

「十勝のきんちゃん」の動画
(2017 6月 健康診断前にサバ缶を食い続けたら・・・)

のサバ缶を食べて、健康診断の一カ月前に、
中性脂肪が下がったという、実録動画を見て、触発を受けた。

愛飲した黒酢

その頃から、鯖やお酢などの効果について、
紹介のあった動画などを見て、お酢を飲むことを
試してみた。

その時点で、あと2か月もすれば、健康診断があるという思いで、
お酢を飲み続けた。サバ缶も毎日、食べた。

この開始時期より、病院の薬(アイミクスHD)は切れていたので、
降圧剤は、一切飲まなかった。お酢の効果に掛けてみたのだ。

そして、2018年6月29日(金)、浜松町のとあるビルでの健康診断を受けた。
当方は、白衣に弱いので、気持ちを落ち着かせないとダメだと、うるさく申し述べて、
リラックスし始めて、ようやく、右腕を出し計測した。
すると、
なんと、120/71だったのだ。チョー理想的な、ベストな状態となった。

思わず、計測員に、「いやあー、ベターじゃないですか…。」と、声を上げた。

計測員の女性も、「ベターですね。ええ、ベターです。」と、笑顔で返してくれた。
当方が持ち込んだ、診断票を覗き込むと、昨年までの「高血圧症」と印字されていた文字の下に、
新しいデータを書き込んでいた。
「薬を飲んでいるんですか」と訪ねてきたので、「辞めました。」
「どうやって…」
「お酢で下げたんですよ」と、告げて。次のコーナーに移った。
振り返り、「体重も2-3キロ減りました。」

不安な気持ちが甦り、内心ざわめく。
理由は、健康診断にある。

いまから数十年前(いつというのは、個人情報という建前で伏せさせていただく。)のことだ。
足のくるぶし辺りに、痛みが走った。その痛みの原因は、
少し前のバドミントンを興じた際に足をひねったこと重ねて、いわゆる捻挫の延長のようなものと
関連付けて受け止めていたが。

その痛みは、
かつて一度として体験したことのないほどの激烈な痛みで、当時は童謡した。
病院では、入院して、レントゲン検査の後、慌ただしく手術が行われた。
簡単な移植手術が済んで2-3週間後ほどしたある日。
入院した病院では、院長室に呼ばれた。
院長先生から、足や胸のレントゲンを中空に掲げて
繁々と覗き込んだ後、
当方に示し、足を切断しても、余命が半年ないし1年かもしれないので覚悟を
してほしいという内容を伝えられた。当然、「えっ!」と、返すのが精一杯で。
「まさか!」「なぜ、自分が…!」との不安の繰り返しと煩悶で、苦しんだ。

その後の院長回診などでも、大部屋の複数の患者のいる前で、
何度か、同じ話を聞かされ、不安を煽られた。完全にトラウマになった。
自分が何を言っているのか、まったく理解できていないようだった。
デリカシーがない院長だった。

一方の当方は、外見上は、明るく振舞っていたので、他の患者さんらは、
このちぐはぐさをどう受け止め、院長の言葉をどう思ったことだろう…。

当方だけが、その言葉を聞くたびに、胸の中で、激しい不安がよぎった。
院長の話は、もちろん事実だったかもしれないが。
しかし院長の目の前にいるかなり元気な当方の姿が、どこかリアリティに乏しかっただろうと思う。

その後、抗がん治療などを受けて、半年後に、
足も自前の足がちゃんとあって、無事に退院し、その後、数十年が過ぎた。
いまなお元気だ。
当方においては、
そこで体験した検査を通じて、病院嫌い、医者嫌いになっていた。
かつて数十回も、足や胸に転移の有無を確認するレントゲン撮影やその結果に、
どれほど怯えたことか。事実は、常に”シロ”だった。

その過去の体験のトラウマがあり、健康診断には、心穏やかになれない。
その時の想いが甦るのだ。思い出したくないのだ。

それでも、社会に出て、働いて居れば、健康診断は避けられない。
日本の健康診断の制度は、国民の健康を守るという御旗の前で、
そのガサツさを隠そうともしない。
したがって、
被験者が、
健康診断にどんなトラウマを持ち、神経質になっているかについて。
そういう心情の者がいることまでは、まったく配慮しない。まるで無頓着だ。
それは、
かつて院長先生が、他の患者の前で、いまなら個人情報と叩かれるような、
ナイーブな内容について一言を言うのと、
カタチこそ違うが、同じようにデリカシーがない。

健康診断について、慣れっ子にならざるを得ない当方であるが、
いまでは、肺の検査以外では、ほぼ不安になることはない。

前置きが長くなったが、こんな事情があって、やっと本題に入りたい。

当方が抱える問題の一つに、高血圧がある。

2014年の6月25日の健康診断の資料から、
高血圧症が指摘されるようになった。
その時の血圧、 149/89と指摘を受けた。たまたま知人の旦那さんが、
若くして、の卒中で倒れ、ほぼ半身不随になったと聞いた。

そのことをきっかけに、自覚症状がないからと、油断していてはいけないと思うようになった。
2015年6月24日には、さらに血圧が高く、161/93となった。
一年後の2016年6月22日、健康診断があり、そこでは、178/97となった。
血圧は、ここ数年で、どんどん上がる一方だ。
さすがに、やばいかもと思い。

2014年6月25日 149/89
2015年6月24日 161/93
2016年6月22日 178/97

診断結果を受け取った後、
知人のこともあるので、数日後、医者に行った。

そこで計測すると、白衣高血圧症というのもあるらしいが、
なんと収縮期が200になった。拡張期が90代(正確に記録していない。)になった。
上のことばかりが気になって、下の血圧を覚えなかった。
病院からは、当初、アイミクスLDがだされ、飲み続けた結果、
その後、血圧を測ると。
収縮期が130代前半になった。医者の説明によれば、降圧剤は、下がらなければ、
一生飲み続ける必要があると、説明を受けた。

2017年6月22日に、また健康診断があり、そこでは、128/81となった。

2014年6月25日 149/89
2015年6月24日 161/93
2016年6月22日 178/97
2017年6月22日 128/81

何度か診断を受けて、血圧を測るが、最寄りの病院では、130を下回ることがなかった。
そればかりは、148を超えることも、あった。

そこで、医者から、経済的に高いアイミクスHDに切り替えられた。値段が、2倍ほど違うのだ。
これは、「マイッタな」と思った。

その後も、130代/80代にはなるが、上は、それを下回ることがない。

ネット上で、降圧剤について調べると、副作用などが危ぶまれる内容ばかりだった。

2018年3月下旬、「十勝のきんちゃん」のサバ缶を食べて、健康診断の一カ月前に、
中性脂肪が下がったという、実録動画を見て、触発を受けた。

その頃から、鯖やお酢などの効果について、紹介のあった動画などを見て、
試してみた。

その時点で、あと2か月もすれば、健康診断があるという思いで、
お酢を飲み続けた。サバ缶も毎日、食べた。

この開始時期より、病院の薬(アイミクスHD)は切れていたので、
降圧剤は、一切飲まなかった。お酢の効果に掛けてみたのだ。

そして、2018年6月29日(金)、浜松町のとあるビルでの健康診断を受けた。
当方は、白衣に弱いので、気持ちを落ち着かせないとダメだと、うるさく申し述べて、
リラックスし始めて、ようやく、右腕を出し計測した。
すると、
なんと、120/71だったのだ。チョー理想的な、ベストな状態となった。

2018年6月29日(金) 120/71

思わず、計測員に、「いやあー、ベターじゃないですか…。」と、声を上げた。

計測員の女性も、「ベターですね。ええ、ベターです。」と、笑顔で返してくれた。
当方が持ち込んだ、診断票を覗き込むと、昨年までの「高血圧症」と印字されていた文字の下に、
新しいデータを書き込んでいた。
「薬を飲んでいるんですか」と訪ねてきたので、「辞めました。」
「どうやって…」
「お酢で下げたんですよ」と、告げて。次のコーナーに移った。
振り返り、「体重も2-3キロ減りましたよ。」

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